ある釣りの日の出来事

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まだ横浜に居た頃の話だ。

長崎育ちということもあって、海&釣りが好き な私は、ようやくマイカー(S13)を手に入れ、週末、同僚たちと釣りに行くようになった。

釣 れねぇ。

長崎では知人の船に乗せてもらって、もっぱら沖釣りが専門だが、こちらにはそんな便利な知人もおらず、もっぱら陸(おか)釣りばかり。大磯辺り で、太平洋に向かって、大遠投しても型の小さいキスか雑魚ばかり。おいおい、100m以上飛んでるのに、これかい?

そんなある日、千葉の方へ遠征してみようという話になった。

あちらの方は魚影が濃いらしい。沖の堤防まで車を乗りつけたが、さすがに太平洋に面している堤 防は、外海側は二重、三重のテトラポットが頭よりも高く山積みされている。ちっ、しょうがない。内側で釣るか。

釣れない。

釣れても型の小さいイシモチばか りだ。2、3時間も粘っただろうか。潮が変わっても、大して変わらない。

えーいっ、頭来た!

えいやっ、とばかりに、テトラの向こうの外海へ投げ込む。ナマリが底に着く間もなく、これまでにないグィっとした大きな当たりが来た!慌てるこ となく、うまく合わせて糸を巻き取る。2、3メートルも巻いたろうか、すぐさま次の当たりが!連コだ。なんだ、ばからしい。 こっちの側にはうじゃうじゃ居 るんじゃないか。最初からこっち投げればよかった。鼻歌まじりで巻き取る。

ガクッ。うーんこの手ごたえは...やはり角度が悪すぎた。いかに投げ竿で長いとは言っても、テトラの手前から引くのは無理があったな。糸がひっかかち まった。フジツボにでもひっかかったか。

少ししゃくってみたが外れない。

しょーがないなぁ。目の前のテトラを見た。ずーっと下の方まで乾いている。 うむ、これなら大丈夫だろ。ヒョイヒョイとテトラに飛び乗り、下の方を見下ろすと、案の定。一番先のテトラのフジツボに糸がひっかかっている。なーに簡単 簡単。逆の方から引っ張ればすぐにはずれるさ。

ヒョイヒョイと向こうのテトラに飛び移り、うーんここからだとちょっと角度が悪いな。あっちの方まで移ろう。もう一段下に下りて、竿を海側に持ち出して角 度を 変えて糸を外した。おおっ、やっぱり型の良いのが二匹かかってるぜ!らっきぃ、と思っているところで、なにやら背後に気配を感じて振り返った。

高波だ!

しかもとびきりのやつ!

その高さは水面よりも上にあるテトラに立っている私の頭をゆうに超え、そびえたつ壁のようなやつ。そんなやつがこちらへ 迫ってきている。

げげー、せっかくの連コなのになぁ...と思いつつ、んなこ たあ言ってられる状況ではない。テトラにしがみつく。しがみついたとたん、
 ドッパーン!
と来た。

きっつー。おおぉ、引き出した。もう必死だ。

テトラは大きくて、指をひっかけるところがない
も、もってかれるぅ!必死にこらえる。 ふぅぅ、持ちこたえた。。。

さて、逃げるか!チラッ、後ろを振り返る。

い、いかん。次の波がもうそこまで来ている!
おいおい、さっきのやつよりでかいぞ!

こりゃまずい。逃げ切れん。
しかたなく竿を捨て(まだ持ってた)、テトラとテトラの間の海面へ足から飛び込んだ。

さあ、そろそろ来るぞ。来たぁ!
ドーン!
両腕で必死に身体を支える。テトラに頭とか顔をぶ つけると大変だからだ。さいわいテトラの隙間だと、引く力はそれほどでもなかった。なんとか耐えられる。さて、こっからどうやって戻るか、だ。

テトラを登ろうにも手がかりがない。こりゃ登るの苦労するぞ。苦労して登っている間に、寄せては返す高波にまともにテトラに叩きつけられたら、どうしよう もない。堤防の外側をグルリと回って、内側の階段から登るか?いや、ジーンズばきの今の状態でこ のうねりの中、そこまでの体力はない。途中で足が つったら沈んじまうだろうな。自殺行為だ

ならば迷うことはない。テトラをく ぐって、堤防まで戻るのみ!

テトラに腕をつっぱり、息を整えながら、慎重に海面が一番下がるところを追う。

「よし、あれより下には下がらないな。あの下をくぐれば大丈夫だ。次の波が 行ったら勝負!」
ドーン!
引く力が弱まりはじめた。今だぁ!

もぐってテトラの腕の下をくぐる。二つか三つぐらいくぐった時、堤防の仲間たちが俺を必死に呼んで いる声が聞こえた。ありゃりゃ、心配かけちまった。
「だいじょーぶーー。もうすぐそっちまで行くからぁー。」
声を張り上げる。
「えっー?何だってーー?」
説明しなおしてるヒマはない。また潜る。ひたすら潜る。

ふぅ。やっと堤防の下に着いた。い やぁ、かなり高いなぁ。
「登れるか?」
「うんにゃ、このテトラは登りきれんやった」
「ちょっと待っとけ」
首藤さんが言う。ロープをどこからか持ってきた。 助かった。

スルスルと下りてきたロープを腕に巻きつけ、引き上げてもらう。
痛っ。ちょっとロープが細い。離す訳にはいかないから、もう必死。
気分は すっかりの「蜘蛛の糸」だ。

ふぅ、やっとテトラの上に来た。疲れがどっと来た。
アドレナリンが切れたらしい。
テトラの腕の上にのびていると、大澤さんが
「早くこっちに来て」
「いや、 ちょっと休ませて」
「そんなこと言っても・・・」
ドッパーン!
なるほど。この高波はテトラを超えて堤防辺りまで来てるのね。はいはい、まだ危険地帯ですか。分かりましたよ。悲 鳴をあげる重たい体に鞭打ってしかたなく堤防へ移る。さっきまで乾いてたテトラは、てっ ぺんまですっかり波で濡れている。ふーん。やっぱでかかっ たんだなぁ。

ふぅぅ。今度こそダウン。
ところどころに水たまりができている堤防の乾いているところに、大の字になって空を見上げる。ありゃコンタクトが片方ないや。も ぐったときになくしたなぁ。ハードにしたばっかりなのにな。 しかたねぇな。ソフトのままにしとけばよかったかなぁ、でも目をつぶってたら潜れないし、とか考えているところで、上から首藤さんが見下ろす。

「何やってたんだ」
「いや、糸がひっかかったから、外しにいったところに、高波」
「ばかだな」
「うん。でも連コだったんだよ。でかかったし。」
「ばかだな」
「だって全然波来てなかったし、一段降りたところでドッパーン!と来た。笑」
「ったく、しょうがねーな」
「心配掛けてすんません。」
「まあ生きてたから良かろう!」
「へい」

身体を起こす。
大澤さんと大津さんが寄ってきた。
「いや、俺は群馬育ちで海に慣れてないから、もう死んだと思った。明日の朝刊の見出しが頭から離れなくて...」と大澤さん。
「大丈夫っスよ。でもやばかったっス。」
「どんなだったの?」
まだ生々しい記憶を元に話す...

「ええ?そういうときによくそんなに冷静に考えられるねぇ」
「うん。だからここに居る。笑」
「俺なら死んでたな」
「そうかもね。でも大澤さんなら最初から魚のことをあきらめるでしょ。」
「うん。」
「そこが俺のバカな ところ。」
「そうそう。こいつは殺してもなかなか死なないの。」と首藤さん。
確かにそうかも。

周りを見回して、女性の目がないことを確認して、裸になって、洋服を絞る。ありゃ、Gパンに穴が空いてら。もぐったときのフジツボだな。まだ新しいの になぁ。さすがに着替えはないので、またそのままはく。つめてー。そのうち乾くだろ。

さてと。。。
二本目の竿を取り出し、エサをつけようとすると、大澤さんが言う。
「えっ、まだ釣るの」
「せっかく来たんだし、エサもあるから」
「タフだなぁ」
「さすがにこっち側(内側)で釣るけどね」
「当たり前だ!」と一同。

でも、さすがに疲れてるなぁ。一年分ぐらい運動した感じ。
全身虚脱感。強がってるのが自分でも分かる。
首藤さんが気をつかってくれた。
「もうちょっとしたら帰るぞ」
「へーい」

助手席に座って走り出したとたん、頭がクラクラする。
ああそうか、コンタクトが片目だからか。
ひょえー、前見てると具合悪くなりそう。
「寝てていいぞ」と首藤さん。
子どもの頃から、助手席でいまだかつて一度も寝たことはないが、
さすがにこの日は別。
「さんきゅ。おやすみ。」
爆睡した。

こうしてこの日の釣りは終わった。
逃がした魚(注:2匹)は大きかったぞ。まじで。


<後日談>

済んでしまえば笑い話なのだが、後から石廊崎にドライブに行ったときの こと。はるか下の方にドーンと寄せては返す波を見て、背筋がゾワッと来た。やっぱ、 こういう経験っ て、後引くもんなのね。チクショウ。

海が怖いと感じたことなんかこれまで一度もなかったのになぁ(注:下記参照のこと)。やっぱり、そのままにもしておけ ず、その足で弓ヶ浜 へ行って、無理やり泳ぐ。怖がってちゃだめだ。空を見上げて波間に漂っていると、海のやさしさを思い出す。やっぱり海はいいなぁ!

ろくな用意もせずに泳いだため、その後の日焼けがめちゃくちゃ痛かったのは言うまでもない。


<注>

海は決して怖くないです。単に人を特別扱いしてくれない、 というだけだ と思います。もちろん、決してなめてるわけではありません。自然というのはそういうもんで、それは事実だから。それをいたずらに恐れるのではなく、そのま まの姿で受け止めるのが素直だろうな、と思います。ヒトが自己中心的な立場で表現しても、どうしようもないもんかなぁ、と感じます。やっぱり海は母なる海 で、普段の海はゆったりとした時間が過ごせる数少ない場所の一つだと思います。まあ、人の力が及びもしない大きな力には、抗いようもないです。それとなん とか付き合いながら生きていくしかありませんよね。

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